風を切って、草原を駆ける。

モンゴルに行ってみたい。
そんなことをぼんやり考え続けて、気づけば何年経っただろう。
青い空と果てしない草原、遊牧民の生活、馬に揺られる旅。
想像するだけで胸が高鳴るのに、なかなか一緒に行ってくれる人が見つからず、毎年「行きたいんだけどさ〜」で終わっていた。
ところが、ようやくその時が来た。
ふとした雑談の中で、友人が「実はモンゴル行ってみたかったんだよね」とぽろり。まさかの同志、現る。これはもう行くしかない。
編集部のスケジュールとにらめっこしながら、貴重なゴールデンウィークを切り取るようにして旅程を組んだ。
出発を決めると、某編集長が声をかけてくれた。聞けば、何度もモンゴルを訪れている猛者だった。「モンゴル行くの? 壮行会、やるしかないね」──そう言って、あっという間に他の“部員”たちを集め、両国のモンゴル料理屋で壮行会を開いてくれた。羊肉の塊を豪快にほおばりながら、馬の乗り方のコツや現地に持っていった方がいいものを聞いているうちに、私はすっかり“秋田書店モンゴル部”の一員になっていた。
実際に馬に乗ってみると、想像以上にスリリングだった。
最初はまったく言うことを聞かない。手綱を引いても、ぐるりと遠回りして草を食べに行こうとするし、
こちらの不安などお構いなしに急に駆け出したりもする。
けれど、揺られながら空を見上げ、風のにおいを感じているうちに、だんだん馬との呼吸が合ってくる。
まるで長年の相棒のような感覚が、じわじわと身体に馴染んでいく。
その日の夜は、馬で数時間移動した先の草原にテントを張った。電気も水道ももちろんない。
星空と草のにおいに包まれながら、静かに眠りについた。
…そして、そこから始まったのが「風呂もトイレもない生活」だった。
いや、正確には“ある”のだけど、日本基準ではない。風呂? ない。シャワー? もちろんない。トイレ? 見渡す限りの大地。
いわゆる“青空トイレ”である。
まさか令和の時代に、夜明けの草原で「どこが一番死角になるか」を本気で吟味する日が来るとは思わなかった。
それでも、人間は適応する生き物だ。3日も経てば、髪のベタつきなんてどうでもよくなる。
日常の“当たり前”が剥がれ落ちたあとに残るのは、風の音と、馬の鼓動と、寝袋の中の安心感だけだった。
旅を終えて東京に戻ると、「どうだった? 草原走った? 風呂は?」と社内のモンゴル好きたちが次々と話しかけてくる。まるで報告会。
写真を見せるたびに、「あーこの広い草原!」とリアクションをくれる。
また行きたい。できれば今度はもう少し長く、馬と一緒に寝起きし、草原で日が暮れるのをただ眺めるような日々を過ごしてみたい。
秋田書店モンゴル部、部員随時募集中。入部希望者はまず、両国のモンゴル料理屋からどうぞ。

Y.K. 2022年4月入社
2022年6月エレガンスイブ配属
2023年12月ヤングチャンピオン編集部へ異動
楽しい仕事に就きたいと思っていたら、気づけば漫画編集者になっていました。
好きな作品を読んで、語って、ときに涙しながら、毎日なかなかのスピードで駆け抜けています。
イラストはいしかわひろこ先生に描いていただきました。