将来の夢

3月18日火曜日
朝から晴れていたのに、突然、雪あられがぱらぱらと窓をたたいた。
急いで洗濯物を取り込む。在宅勤務でよかった。
今日は小学2年生の子供の修了式の日だ。いつもより早く帰宅してくるので、仕事を午前中に集中して終わらせておこうと、急いでタイピングをしているところ。

先日、子供の学校へ授業参観に行った。見に来ているお父さんお母さんに職業を聞いてみよう、という参加型の授業で、私のところにも子供の友達が2、3人駆け寄ってきた。「どんな仕事をしているんですか」「何が楽しいですか」などの質問を受ける。
わたしは、本やまんがを作る出版社で校閲という、間違いなどがないかチェックをする仕事をしているよ、と説明した。無事に本が発売されて、みんなに喜んでもらえる時が一番嬉しいよ、と話した。
隣に立っていた別の子のお母さんが、授業が終わった後に話しかけてきた。校閲のお仕事をされているんですね、とても素敵なお仕事ですね、と言ってくれた。その方は福祉関連のお仕事をされているということで、本が好きなので話しかけてくれたらしい。

子供の授業のまとめノートを後で見ると、最後にこう書いてあった。「お父さんやお母さんは家族や社会の役に立つために頑張って仕事をしてくれている」
家族のため、だけじゃなくて社会のため、と書いたところがえらいと思ったし、うれしかった。
子供は、大人になったらパティシエになりたいらしい。粘土でケーキやお菓子の形を作るのが大好きなので、それを仕事にしたいということだ。
まだ8歳、なんにでもなれる。頑張ってほしい。

わたしは子供と同じ小学2年生の頃、「生き字引」になりたいと思っていた。
字が読めるようになった時からずっと本が好きで、小学校の図書室にこもって、置いてある本を全部読むことに熱中していた。雑学や豆知識も大好きで、友達に「へえ!」と言われるのが嬉しく、何でも知っている長老みたいな人になりたいなと思っていた。「生き字引」という字の響きもかっこいいと思っていた。

もう少し成長して高校生になった頃は、生き字引から一歩進んで、本を作る側の人になりたいと思っていた。まんがも大好きだったので、まんがを作っている出版社に就職できたらいいなと思っていた。北海道に住んでいたが、出版社に就職するため志望校は誰に反対されてもすべて東京の学校にしていた。
高校2年生の途中で転校することになり、転入試験で面接を受けた。
将来目指す職業を聞かれて、「編集者です」と答えた。
どんなジャンルの編集者になりたいですか? と聞かれて、まんがと言うのが恥ずかしく、「ファッション誌とか…」と答えた。なぜ胸を張って「まんが」と言わなかったのか、今でもちょっと後悔している。

希望は奇跡的に叶い、秋田書店に就職することができた。
入社後、プリンセス編集部に配属された。夢だった編集者の仕事は何をやっても楽しく、自分が関わった本が世に出るのは、何度経験しても嬉しかった。
初めて雑誌の編集後記を書いた時、両親に、巻末に名前が載っているよと伝えると、「あんたは編集後記を書く人になりたいと言っていたもんね」と言われた。その時私はそのことをすっかり忘れていたけど、自分の思っていた方向に進めているんだなと思ってちょっと自信が出た。

その後、週刊少年チャンピオン編集部に異動し、産休・育休を取得。9年ほど務め、1年と少し前から校閲部に所属している。
編集者の仕事からは離れたが、作品を読者に届けるための手伝いをしている仕事として、誇りを持って取り組んでいる。
それになんだか校閲の仕事は「生き字引」にちょっと近い気もする。

子供に聞かれた。ママは将来何になりたい?
30代後半になって「将来」と言われてちょっとびっくりしたが、そう、まだまだ可能性はたくさんあるはずだ。
迷ったけれど、わたしは子供に、ママは将来「生き字引」になりたいよ、と答えた。
まず最初の一歩として、まんがの校閲のプロと自分で胸を張って言えるように、仕事をしながら勉強していきたいと思っている。それから、校閲に関連する知識、例えば著作権や、デザインや、広告に関することももっと勉強していきたい。

「将来」は誰にだってある。
可能性は小学2年生でなくても、誰にでも開かれている。

U.M. 2010年4月 プリンセス編集部配属
2014年8月 週刊少年チャンピオン編集部へ異動
2023年11月 校閲部へ異動
北海道出身。ビールと猫と映画とアイドルが好き。
学生時代は書店員と、情報授業補助のアルバイトをしていました。