貴方が東京にいないとして

「東京なんてもん、お前が行くようなところとちゃう。」
何度も聞いた父のお小言から、東京が憧れの地になっていた。

最初に目指した職は、「町のお菓子屋さん」だった気がする。それがいつしか「漫画家」になり「漫画家の担当編集者」になり…。
私の小学校の卒業アルバム【将来の夢】には、公文式で整えられた角ばった字で「漫画家の担当編集者」と大きく書かれてる。

時が経ち、成長し【将来の夢】が現実味を帯びてくる。今度は差ばかりが目についてくる。
『東京には、全ての本が仕舞われとる図書館があるらしい』『出版社専門の就活塾が東京にあって、皆通っとるねんて』『東京住んどると、マスコミ業界の人と繋がりやすいらしいで』
ソースも理屈もない噂話が、羨望と嫉妬となり心に刺さる。

もし、これを読んでいる貴方が、東京ではない地域にいたとして。
東京に住んでいる人より遅れているとか、そういった懸念を抱いていたら、それは大きな間違いである。
貴方には貴方しか歩まなかった人生があり、貴方しか得なかった情報が無限に存在する。

東京に住んでいる人が、
面接を受ける雑誌のバックナンバーを読んでいた時、
塾で各社の面接傾向についてメモを取っていた時、
居酒屋で憧れの出版社のOBと語らっていた時、
地方に住んでいる人間、例として私は
お好み焼き屋の隅、回し読みでボロボロの色褪せたチャンピオンを読んで、
バイト先、五十路も過ぎたおじさんたちが熱論して(もはや大喜利だ)出した『出版社の質問あるある』をもらい、
母が皿を洗いながら少女のように語らう『王家の紋章』の魅力を、いつものことだと聞き流していた。

東京の人、地方の人。1つ1つの経験が、仕事に生きる可能性がある。
大切なのは、その経験を価値があると理解すること。
読者は貴方の同級生だったり、行きつけのたこ焼き屋の店員だったり、母であることを認識すること。
他所に住まう人が知らないようなことを、経験していることが、メリットだと思うこと。

「東京なんてもん、お前が行くようなところとちゃう。」
そんなことなかったで。東京もこっちも、なんも変わらん。
そういうと、父は悪戯がバレた時と同じように笑っていた。
「なんや、もう気づきおったんかい」
案外、そんなもんである。

石原 莉子 2021年4月 入社
同年6月 週刊少年チャンピオン編集部 配属
2022年6月 別冊少年チャンピオン編集部へ異動
2023年7月 月刊少年チャンピオン・チャンピオンRED・別冊少年チャンピオンが統合し少年チャンピオン月刊誌編集部に。
播州出身。
小学4年生のころ漫画家を目指したが、あまりにも才能がなく小学5年生で編集者志望に転身。
柔道部・USJのバイト・居酒屋のバイトで培った大声で面接を無理くり押し通し、現在に至る。